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I Love Typography

タイプデザイナー 岡野邦彦 Quintet書体インタビュー

by Taro Yumiba

2010年の九月から約一年間、オランダ、ハーグにある王立芸術アカデミー、通称KABKのTypemediaコースに留学されたタイプデザイナーの岡野邦彦さんに卒業制作で取り組まれた書体Quintetを中心にインタビューさせて頂いた。

どのようにしてタイポグラフィとタイプデザインに興味持ったのですか?

大学ではグラフィックデザインを専攻していました。ポスター制作などの課題が出た時に、使う文字を調べるために書体のカタログを見たりしてたのですが、なかなかイメージにぴったりと合うものがありませんでした。だったら自分で好みの書体を作ってしまおうと思ったのが始まりでした。
また運のいいことに、当時まだ高価だったMacintoshとFontographer3.1が大学の研究室にあったんです。Macintoshがまだそれほど普及していない頃で、誰も使い方がよく分からなかったのですが、これは面白そうだと思って手探りでフォントをつくり始めました。パソコンで文字を描くのに慣れるまで時間が掛かりましたが、初めて画面にフォントが出てきたときの興奮が忘れられなくて文字作りにのめり込みました。

Quintetファミリー

1993年の東京TDC賞でマシュー・カーターさんが、Sophiaという書体で金賞を受賞された際に、ワークショップのパンフレットを手に入れることができたんです。それを見てた時に、初めてタイプデザイナーという仕事があるのだと気付かされました。当時はエミグレやネビル・ブロディが活躍していて、彼らの仕事を見る機会はあったものの、グラフィック的な要素が強かったせいか彼らがタイプデザイナーだという意識では見ていなかったのかもしれません。そのワークショップの見本帳のようなパンフレットが美しくて、こういうものを作ってみたいと思ったんです。始めから、デザインの要素としてのタイプデザインに興味を持っていたのだと思います。2007年のTypeCon Seattleの10minutes critiqueで、カーターさんに自分のデザインした書体を見てもらうことができた時は、そのパンフレットがタイプデザインを始めたきっかけになりましたとお伝えできて感無量でした。その時にサインして頂いて今でも宝物にしています。

:Matthew Carter氏が1998年に東京にてワークショップを行った際のリーフレット、右下に氏のサイン
:TypeCoockerの課題のスケッチ

つい最近KABKのTypemediaコースを卒業されたようですが、そこでのカリキュラムの中で一番面白かったことは何でしょうか?

恐らくTypeCookerでしょうか。このサイトにてランダムに生成されたレシピに沿って、文字のデザインスケッチを行うという課題なのですが、実際に手を動かして描いてみると発見が多いんです。クラスメイトのスケッチを見渡すと、同じレシピでもいろんなユニークなアプローチがあって、カッコいいデザインがたくさんあって刺激になりました。KABKに行くまでは、独学で文字を作っていたのですが、クラスメイトの多種多様なデザインを見ることがとても勉強になりましたし、手を動かしてスケッチをすることが重要だということも気付かされました。TypeCookerの課題でやったようなエクササイズは、デザインの幅を広げるためにも今でも続けています。

Quintetはどのようにデザインし始めたのですか?

QuintetはKABKの卒業制作としてのプロジェクトだったのですが、このデザインを進める前にEmotional Fontというものを考えました。「楽しい」「悲しい」「怒っている」といった感情をフォントの形に反映してソーシャルネットワークサービスの中などで使うことができないかと思ったのです。しかしながら、スケッチしていく中で例えば、「笑い」というフォント作っても、形に対するイメージを共有しないと成り立たない。つまり、「笑い」に関する自分の国と他の国の人の文化的な共通理解が必ずしも無いので、どうしても実現は難しいと思いました。先生や友だちの反応をみてみても、様々なリアクションがあり、意味が曖昧にならざるを得ない部分があるのが欠点でした。

:ダブルペンシルテクニック
:Typeradioワークショップのラフスケッチ

いろいろアイデアを模索する中で、今日では当たり前になっているスクリーンというメディアの特性を生かして、画面上で太さを変えたり、レイヤーを重ねたりしても、成り立つようなフォントなら、色んなメリットを探れるような気がして作る意義が大きのではないかと思いました。以前ヒラギノUDという日本語フォント用の欧文をデザインした時に、スタイル間でウエイトを変更しても字幅が変わらないように設計したことがあったんですが、今回はそれをもう少し発展させる形を実現したいなと考えました。そこでTypeRadioというワークショップで作ったスクリプトフォントを見ていたところ、この形なら、レイヤーを重ねたりしても面白いし、ストロークの中を太らせれば字幅が変えずにウエイトを展開できるので、デザイン的にも違和感無くいけるのではないかと思ってそちらで進めることにしました。

:Typeradioワークショップでのプレゼンの模様
:ワークショップでのデザイン

そのタイプラジオのワークショップについて教えて下さい。

オランダのタイプデザイナーがデザインした書体を見て、ドイツのthe Hochschule der Bildenden Künste (HBK Saar) の生徒が音楽を作って、TypeMediaの生徒がその音楽を聴いてどういった文字が元になってるのかを想像して形にするといった内容のワークショップでした。Typographic Chinese Whispersと言うタイトルで、イメージの伝言ゲームのような感じです。ワークショップだったので、気軽な気分で参加しました。

どのようにラインを描いていったのですか?

はじめはダブルストロークをいきなりスケッチしていたのですが、カウンターのバランスや組んだときの流れを確認するのが難しいと思い、カリグラフィックなフォントをまず作り、バランスを確認した上でその外形線をとればうまく行くのではないかと思いました。しかし、もう少しエレガントなイメージを与えたかったので、もっと斜体にして、コントラストを大きくしました。なかなか思ったような形にすることができず、テンプレートとなるフォントをいくつか作っています。

:ワークショップ後にブラッシュアップした第二段階のデザイン
:第二段階のデザインでも満足できなかったので、さらに修正を重ねたもの

音楽からどういったアイデアに落とし込んでいったのでしょうか?

与えられた音源は、弦楽器が流れる中に、線を描いたり紙をめくったりマウスのクリック音など、書体の制作プロセスや変遷の歴史を思わせる音がたくさん入っていたので、原始的なスケッチのイメージが湧きました。スケッチのようなデザインがデジタルフォントになれば、一連の制作プロセスが表現できると思ったからです。そこから平筆の動きを確認する時に使う二本の鉛筆を使った描き方でスケッチして、文字を形作っていったのが始まりです。

主旋律が途切れない流れるような印象の音楽だったので、一本のストロークにしてしまったほうがいいのではないかと思い描き方を変えていきました。それと同時に、ウエイトの展開で太らせることを考えてたら、二つの線に囲まれた中側を太らせれば、文字の幅を維持したままで作れるのではないかと次々と発見があり、とても自分でも興奮しました。中側ならその左側部分でも、右側部分でも太らせることもできるし、両者をブレンドしたら、真ん中に線が空いたようなパターンも作れると思ったりしました。形を活かせるようなアイデアが上手く繋がっていったのがとても良かったと思います。

形を模索する過程でどのようにデザインが変わっていったのでしょうか?

一筆書きにこだわるあまり、読みにくくなってはいけないですし、コンセプトと文字としてのバランスをとるのに苦労しました。小文字のmの真ん中のステムや、iのドットは一筆書きでつくるかどうか悩みましたが、デフォルトの字形ではあきらめて、一筆書きのものはAlternateとして用意しています。はじめは線の流れが綺麗なものを作ろうと思っていましたが、レイヤーフォントとして単独でも重なってもうまくいくように、全体感を大切にしました。

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レイヤー重ねできるスクリプト書体をデザインした理由は何でしょうか?

始めからレイヤーフォントを作ろうと思っていたのではありません。スケッチを重ねていたときに、ダブルストロークにすることで字幅を変えずにウエイトのバリエーションができると気付いたときは、すぐにレイヤーに重ねることができると思いました。フォントのユーザーには「使う人」と、「読む人」の2種類のユーザーがいるのではないかと思っています。今や誰もがパソコンを使ってグリーティングカードを作ったりできるので、ギフトやメッセージを選ぶように、フォントもその人が思ったようにカスタマイズできれば楽しいだろうと思いました。組み合わせだけで30通りもありますが、それに色が加わると無限にカスタマイズの可能性が広がります。現段階で作っているものは、左側のストロークが太くなっていますが、右側のストロークを太くさせることもできます。Condensedも考えられますし、4つのマスターで生み出されるバリエーションはどんどん広がります。

コンビネーションバリエーションのチャート

Quintet Scriptのファミリー展開概念図

Quintetを作る際に一番難しかったことは?

Quintet Scriptはいろんなアイデアが入っているので、それぞれが中途半端になってただのデコラティブなフォントに受け取られないようにしたいと思いました。デザインで言うと、一筆書きで描いている線の流れが綺麗に見えるようにするのに苦労しました。ダブルストロークをシングルストロークで描くには知恵の輪のようなパズルみたいで、どのつながりが一番奇麗に見えるか毎日考えていました。真夜中に作業していたところ、良い解決方法が見つかったときはうれしくなってつい叫んでしまったこともあります。ストロークの描き方にこだわったおかげで面白いデザインになったんではないかと思います。もう一つこだわった点は、レイヤーフォントとして重ねても使えるし、単独でも使えるということ。飾りとしてだけのレイヤーで読めないのではなく、それぞれのレイヤーが文字としてちゃんと機能するというところは外したくありませんでした。

スクリプト体に合わせるセリフを作った際に難しかったことは何でしょうか?

スクリプト書体の方を作りつつ、パッケージのキャプションなどの小さいサイズで短い文章などの為に本文用の書体も作りました。作業的にはスクリプトの方に加えて結構量があったのですが、AFDKOでのインターポレーションなど今までやってきたノウハウがあったので、ある程度時間を予測することができ、計画的に進めることが出来ました。スクリプトと併せて、形的にやりやすいイタリックからデザインして、そこからローマンにあわせていきました。プランタン・モレトゥス美術館で見た書物のイタリックがとても奇麗で、そこからもインスピレーションを得たこともとても良かったと思います。

Quintet Serif

どういったメディアでこのフォントを使って欲しいですか?

印刷もいいと思いますが、実はスクリーンメディアを特に意識しています。例えば、インタラクティブに様々なレイヤーのコンビネーションをカスタマイズできるようなコンテンツなど面白いかもしれません。1ストロークのデザインにこだわったのも、一続きにアニメーションで動かすことをイメージしていたからです。音楽に合わせて、レイヤーの色が変化したり、文字が動きながら描かれたりさせることができたらおもしろいですよね!

また、自分ではどのように使いたいですか?

タイプデザインと並行して、パッケージデザインもやっているので、まずはパッケージに使ってみたいです。色のついたレイヤーに金箔やエンボスのレイヤーを重ねたりして奥行きのある表現もできると思っています。例えば、コーヒーや紅茶のパッケージなどは、フレーバーの種類を同じデザインを保ちながらバリエーションを作る必要があるので、色の組み合わせによってそのバリエーションをつくることができるのはメリットになるのではないかと思います。

このフォントファミリーをリリースする予定はありますか?

実は去年の12月に、Photo-Letteringというところからスクリプト書体をリリースして頂きました。今後、OpenTypeでリリースしたいと思ってまして、スクリプトのほうにアクセントついたキャラクターセットを追加しようとしています。また、本文用書体にはサンセリフも作ってみたいですね。将来、Shotype Libraryとして他に進めている書体などと合わせてリリースができればいいなと思っています。

浅草橋にて

岡野邦彦: 1995年京都市立芸術大学(Kyoto City University of Arts)卒業。パッケージデザイナーとして10年間働いた後、2005年よりType Project。2008年Shotype Designを設立。2010/2011 TypeMedia KABK。

弓場太郎: ロードアイランド芸術大学を卒業後、サンフランシスコ、ニューヨークの広告代理店を経て、現在tha ltd.にてデザイナーとして活動中。

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